エンジニア♀暗中模索

ハッカーに憧れてる

能動的選択と受動的選択

人は日々日々選択に迫られている。

今外出するのか、それともあとにするのか。

同僚と飲みに行くのか、それとも自分のテレビを観る時間を優先するのか。

そして、仕事ととなれば、本当にもう選択の連続。

上司の思惑に乗るのか、それとも自分が考える進め方にこだわるのか。

それら一つずつ、選択がある。

 

その選択は、相手が選択を与えてきた場合の「受動的選択」、

自ら選択肢を作る「能動的選択」がある。

例えば、友人と遊びたい!って思ったとき、

友達を誘うことは「能動的」に選択したことになり、

友人から誘われれば「受動的な選択」をすることになる

 

友人と遊んだとすれば、結果は同じであるが、過程は全く異なる。

きっと共感してくれる人もいるだろうけれど、この「能動的な選択」は結構気が重い

もしかしたら、友達に断られてしまうかもしれないと思うと、なかなか誘えなかったりする

逆に「受動的な選択」であれば、この断られてしまうかもという不安はない。

逆に断った場合に相手に嫌な思いをさせてしまうかもしれないという不安はあるけれども。

 

よく、失敗するのであれば、自分で選んで行動したほうが良いという言葉もあるが、実はそうとは言い切れない。

しかし、「受動的選択」を選びながら、自分の思い描く先を作れるのは、それなりに熟練者である必要がある、といえる。

基本的に「受動的な選択」をしている間、自分以外の誰かの思惑の中を生きることになる。

このとき、自分以外の人の思惑を配慮しつつ、自分の思惑をさりげなく盛り込んでいける能力だ。

実は、この方が効率が良いことがある

なぜかというと、「能動的選択」を行使することが好きな人は、どこか向こう見ずなところがある。

とにかく行動力だけは優れている、という場合がある。

「受動的選択」をする人は、その行動力に乗り、自分の思惑を拡散してもらうことができたりする。

 

とはいえ、実際これができる人は、かなり頭が良い場合が多く、熟練者だと思ってる。

自分にはそれができそうにない。

そして、上記行動が取れない「受動的選択」は単純に搾取構造にあるもいえ、

私自身は当面は「能動的選択」を行使しながら、選択を選んでいきたい。